共焦点顕微鏡や従来の広視野顕微鏡の空間分解能は、対物レンズの開口数(NA)と励起波長λの影響を受けます。さらに、空間分解能は、平面(x-y方向)と深さ(z方向)の分解能で評価できます。
平面分解能
顕微鏡システムの理論的な平面分解能は、レイリーの解像限界 (Rayleigh criterion) によって推定できます。
高NAの共焦点顕微鏡の場合、平面分解能はλ/NAに比例します。共焦点ラマンイメージング顕微鏡では、250~300 nmの平面分解能を達成することができます。
深さ方向の分解能
共焦点顕微鏡の深さ方向の分解能は、λ/ NA2に比例します。共焦点ラマンイメージング顕微鏡は、1 µm以下の深さ分解能を実現します。
スペクトル(分光)の分解能とは、隣接するピークを分離する分光システムの能力のことです。共焦点ラマンシステムの分光分解能は、主に次のように決まります。
分光の分解能は、既知の標準試料のピーク分解能を測定することなどにより、実験的に決定することが可能です。スペクトル分解能を実証するために使用される確立された試料としては、例えば、CCl4があります。
ラマンスペクトルの線幅は、一部の例外を除き、通常3 cm-1より大きくなります。したがって、試料の多くは1 cm-1 のスペクトル分解能で十分です。
ラマン効果
ラマン効果は、1928年に物理学者Chandrasekhara Venkata Raman(* 1888, † 1970)によって初めて実験的に発見・説明されました。ラマン効果は、試料の化学結合での非弾性光散乱に基づいています。化学結合の振動により、この相互作用が後方散乱光の一部に特異なエネルギーシフトを引き起こし、固有のラマンスペクトルが得られます。
ラマン散乱
ラマン散乱は非常に弱い効果であり、通常、100万分の1以下の励起光子が1つのラマン光子を発生させます。ラマン散乱は、さらにストークス散乱とアンチストークス散乱とに区別できます。いずれも、物質とその分子組成に関する情報を含んでいます。
非弾性散乱の他に、弾性散乱も現れることがあります。入射光と同じエネルギーでの弾性散乱は、レイリー散乱と呼ばれます。分子に関する情報は含まれておらず、共焦点ラマン顕微鏡での化学試料の分析には使用できません。
ラマンスペクトルは、物質固有のフィンガープリント(指紋)であり、定性的・定量的な情報が得られます。
波数の高い方にシフトしたバンド(ブルーシフト)をアンチストークスラマンバンド、波数の低い方にシフトしたバンド(レッドシフト)をストークスラマンバンドと呼びます。通常、ストークスシフトしたラマンバンドの方が強度が高いため、定性・定量分析に利用されています。
ラマンスペクトルから得られる特性には、化合物の分布の他に、次のようなものがあります。
共焦点ラマンイメージングでは、共焦点ラマン顕微鏡が試料をポイントごと、ラインごとにスキャンし、画素ごとに完全なラマンスペクトルが保存されます。この過程は、ハイパースペクトルイメージングとも呼ばれます。取得したマルチスペクトルファイルには、数千から数百万のラマンスペクトルの情報が含まれています。これらのファイルをソフトウェアで解析し、化学成分の空間分布を表示する画像を生成します。異なる焦点位置(z方向)の画像を重ねて取得することで、3D画像を作成できます。
ラマン分析は、気体、液体、粉体、固体など、さまざまな試料に対して行えます。ただし、純金属はラマン不活性であるため、分析が困難です。
一般に、染色や解剖といった試料の前処理が不要であり、in situ、in vitro、in vivoでラマン分光測定が可能です。
ラマンイメージングに適用可能な試料の最大サイズはラマン顕微鏡の性能に依存し、最大スキャン範囲は内蔵のスキャンステージに依存します。一般的には、200 x 200 µm² から 50 x 50 mm² までの範囲の試料を観察できます。十分に透明なサンプルであれば、Z方向の、深さ方向スキャンも可能です。
波長は、測定結果や得られる情報に大きく影響します。次のような影響が挙げられます。
ラマン顕微鏡に適したレーザーには、次のような特徴があります。
共焦点顕微鏡の目的は、焦点面外からの光を抑制することです。これには、焦点面に点光源を、検出ビーム経路の共役面にピンホールを置くことで実現されます。
点光源・検出により、一度に定まるのは1点からの情報のみです。1枚の画像を生成するためには、試料をポイントごと(点から点)、ラインごと(線から線)にスキャンします。
共焦点顕微鏡が従来の広視野顕微鏡と比べて優れている点として、平面分解能の向上、軸方向の高い識別力、バックグラウンド信号の低減、そして、異なる焦点面から連続光学切片を収集した深さプロファイルや3D画像が得られること、が挙げられます。
ピンホールのサイズは、分解能と信号スループットの妥協点となります。信号はできるだけ高くする必要がありますし、空間分解能も可能な限り良くする必要があります。ピンホールを小さくすると、深さだけでなく、水平分解能も高くなりますが、検出器に到達する信号は減少します。
共焦点ラマンイメージング技術は、ラマン分光法と共焦点顕微鏡を組み合わせたもので、イメージの画素ごとに完全なラマンスペクトルの情報を取得します。これにより、試料内の化学成分の空間分布が検出され、画像化されます。高分解能の共焦点ラマン顕微鏡は、回折限界(~ λ/(2NA); 励起波長532 nm、対物レンズ100x 0.9 NAで通常250~300 nm)の水平分解能を達成します。さらに、共焦点顕微鏡は、優れた深さ分解能(1 µm以下)を特徴とし、3Dラマンイメージと深さプロファイルが得られます。
共焦点ラマン顕微鏡のスループットは、共焦点ラマンイメージングに必要な時間や、システムの感度・能力に直接影響を及ぼします。スループットは、対物レンズやカップリングエレメント、フィルター、ピンホール、分光器、CCDカメラなど、さまざまな顕微鏡部品から影響を受けます。スループットの最適化には、システムのあらゆる部分に対して最高の透過率および効率になるよう最適化する必要があります。
高スループットシステム | 低スループットシステム |
高品質対物レンズ | 低品質対物レンズ |
シングルファイバーを用いた ビーム誘導 |
ミラーを用いたビーム誘導 (例:ミラー3枚) |
レンズベースの分光器 | ミラーベースの分光器 |
裏面照射型CCDカメラ | 前面照射型CCDカメラ |
適切な対物レンズを選択するためには、すべての測定条件を考慮する必要があります。良い顕微鏡対物レンズは、波長500 nmでは透過率80~90%となりますが、900 nmでは40%以下です。また、試料と対物レンズのワーキングディスタンスや、低温や液中といった特殊な条件下で測定するかどうかといったことも重要な判断材料となります。さらに、色収差などのイメージングエラーの補正も重要な品質特性です。
倍率以上に重要な役割を果たすのが開口数(NA)です。測定条件下でNAが最大の対物レンズを使用することにより、集光効率および空間分解能を最大化できます。NAはさらに、励起スポットの分解能とパワー密度を決定します。ただし、試料のトポグラフィにより、z方向の集光範囲を広くする必要がある場合には、NAが小さいものにすると効果的です。
ファイバー顕微鏡システムでは、シングルモードの光ファイバーを用いて、レーザーから顕微鏡に光を伝送します。伝送される光はTEM00モードを維持し、レーザー出力の減衰に関係なくガウス特性を保持するため、回折限界の分解能が得られます。
また、検出ビーム経路にマルチモードの光ファイバーを用いることで、最大90%のラマン信号の伝送が可能です。これに対して、Alミラーを用いた光学系では、3枚のミラーを用いた場合、励起波長532 nmでの伝送効率は約78%にとどまります。ミラーの枚数が増えれば、さらに光の伝送効率は低下するため、光ファイバーは超高速顕微鏡に適しています。
ミラーベースの分光器には、非球面ミラーやトロイダルミラーが用いられており、入射スリットから回折格子(グレーティング)、検出器へと光を導きます。通常、1台の分光器につき、少なくとも2~3枚のミラーが使用されます。ミラーベースの分光器は広い波長域をカバーするため、1台の分光器を複数の励起波長で使用できます。しかし、ミラーベースの分光器は、ミラーの収差によりCCD検出器上で歪みが生じるため、画質が劣るという欠点があります。また、ミラーベース分光器の光の伝送効率は、一般的に45%程度であるため、単一ラマン分光や強力なラマン散乱の検出には適していますが、ラマン画像の高速生成や微弱なラマン信号の検出には不向きです。
レンズベースの分光器は、分光器内の光を導くために、ミラーの代わりに軸上レンズシステムを使用します。レンズは特定のスペクトル範囲に最適化されているため、最適なラマン信号の伝送(通常60~70%)、スペクトル分解能、イメージング能力を提供できます。そのため、レンズベースの分光器は、高品質のラマンイメージを生成するために適した分光システムとなります。
分光器の回折格子(グレーティング)は、各波長の経路を異なる角度で変え、CCD検出器上に信号を分散させます。1 mmあたりの溝の数が分散の特性を決定します。溝数/mm(ライン数/mm)の値が大きいほど高分散となり、多くのCCD画素に信号を分配するため、高い解像度が得られます。
グレーティングは通常、特定の波長に対して「ブレーズド加工」を施して効率を最適化します。つまり、溝を傾斜させる際、回折格子の効率が1次回折で80%に達するようにします。グレーティングの効率により、分光器のスループットの上限が決まります。
ラマンスペクトル全体(-100~3600 cm-1)をカバーする回折格子と、約1 cm-1のスペクトル分解能を持つ高分解能の回折格子を切り替えて使用すると便利なことがよくあります。
CCD(荷電結合素子)カメラは、検出ビーム経路の最後にくる要素であり、チップに到達した光子を電子に変換し、ソフトウェアで使用可能な信号にします。CCDカメラはラマン顕微鏡の重要な構成要素であり、正しいCCDを選択することが装置の性能に大きく影響します。これらのカメラでは、量子効率(QE)が重要な要素となります。QEとは、入射する光子のうち、検出される光子の割合のことです。下の図は、代表的な3つのカメラの室温でのQE曲線を示しています。
ラマン分光には、以下のCCDがよく用いられています。
共鳴ラマン(RR)散乱では、励起波長は調査対象の分子の吸収帯内に収まるように選択されます。これにより、ラマン信号の強度が増し、S/N比が向上します。RRには、さらにいくつかの利点があります。ひとつは、電子励起と結合したモードのみが共鳴増幅されるため、スペクトルの複雑さが大幅に軽減されることです。もう一つは、励起波長を特定の分析対象物の吸収帯に合わせることで、混合物中の特定の分析対象物を選択的に調査することが可能であることです。RRの欠点ですが、非弾性散乱光だけでなく、蛍光や発光の増大も観察されることです。
表面増強ラマン散乱(Surface-Enhanced Raman Scattering)は、1974年にFleischmannらによって初めて観測されました。その原理は、測定位置に近接した貴金属ナノ粒子がラマン散乱を増強させるというものです。同時に、ラマンスペクトルの複雑さは、通常、顕著なマーカーバンドにまで減少します。SERSは、銀、金、アルミニウム、銅、パラジウム、白金などの金属構造に吸着した分子について記録されており、金属構造の表面粗さとSERS増強の間には相関関係が確立しています。現在、市販のSERS基板は、SERS実験を行うための信頼性が高く効率的なソースとなっています。
SERSは、分子のエネルギー準位と共鳴するレーザー励起波長を用いることで、共鳴ラマンと結合させることができます(表面増強共鳴ラマン散乱(Surface-Enhanced Resonance Raman Scattering, SERRS))。
探針増強ラマン分光法(TERS, Tip-Enhanced Raman Spectroscopy)は、回折限界を遙かに超える平面分解能で化学的な情報を取得できます。TERS手法では、表面増強ラマン(SERS)と原子間力顕微鏡(AFM)などの走査型プローブ顕微鏡(SPM)を組み合わせて使用します。そのため、AFMの高い空間分解能とラマン散乱の化学的な感度とを兼ね備えています。
TERS効果は、表面プラズモンと化学共鳴効果に基づき、電場増強によりラマン信号を増強させるものです。TERS効果を起こすために、金属コートしたAFM探針を使用します。励起レーザー光を探針の先端にフォーカスして照射し、探針近傍のラマン信号を増強します。そのため、横方向の解能は探針サイズ(10~20 nm)に依存します。TERS探針にレーザー光を照射する方法は上方、下方または横からとなります。
TERSはますます注目を集めていますが、実用的な応用分野は一部の試料や科学的な問いに限定されています。また、市販のTERS探針の入手方法も確立されていません。さらに、金属コートした探針はコストがかかり、実験の総費用が大幅に増加します。
TERSのアプリケーション例は、下記の文献をご参照ください。
偏光依存性測定では、ラマン分光スペクトルの特定のピークの偏光依存性を調べることができます。これは、結晶格子、液晶、非晶質材料、ポリマーなどの分子配向や形状を分析するために利用できます。
このため、励起光の偏光を焦点面内で異なる角度(平行、垂直、円形など)で回転させ、励起光の偏光方向に対して任意の方向でラマン散乱光を分析することができます。
分光装置の多くは、波数100~200 cm-1までの分析が可能です。低波数域の測定では、レイリー線に近いストークスおよびアンチストークスラマン信号から、さらなるスペクトル情報が得られます。そのため、顕微鏡には波数10 cm-1までのラマンスペクトル取得用に、専用のカプラーが装備されています。低波数域の測定は、医薬や高分子の多形調査研究、半導体研究、ナノカーボン研究、結晶性の研究などによく応用されています。
グラフェン研究における低波数測定に関する文献:
WITecのRayShieldカプラーを用いた低波数測定について
トポグラフィック共焦点ラマンイメージングは、粗い試料や傾いた試料、不規則な形状の試料において、特殊な試料表面処理をすることなく、表面に沿って、あるいは表面から一定の距離をとりつつ、正確な3次元の化学的特性評価を可能にします。
トポグラフィック・センサーは、色収差共焦点センサーの原理で動作します。白色光源を、強い線形色収差をもつレンズシステム(ハイパークロマティックレンズシステム)を用いてサンプル上にフォーカスして照射します。そのため、色ごとに焦点距離が異なります。試料からの反射光は、ピンホールからセンサー上部の専用分光器に集光されます。試料面では1色にのみフォーカスしており、この光だけが共焦点ピンホールを通過することができます。そのため、検出される波長は表面形状と直接的に関係します。
試料をX-Y平面でスキャンすると、試料のトポグラフィック・マップが得られます。このマップにより、試料の表面形状にかかわらず、測定中常にフォーカスを合わせ続けることができます。
光学センサーが、試料と対物レンズの距離をサブミクロン精度で距離制御を行います。これにより長時間の積算時間を要する測定においても、正確な距離制御が行われ、シャープな画像を得ることができます。
WITecのTrueSurfaceトポグラフィック ラマンイメージングについて
EMCCD検出器を用いることで、超高速共焦点ラマンイメージングを行えます。1つのラマンスペクトルをわずか760マイクロ秒以下で取り込め、1分間に1300ものスペクトル測定が可能です。共焦点ラマン画像は通常、数万のスペクトルで構成されているため、今回のオプションにより、完全な画像の取得時間をわずか数分に短縮することができます。例えば、250 x 250 ピクセル=62,500 ラマンスペクトルで構成される完全なハイパースペクトル画像であれば、記録に1分もかかりません。
超高速ラマンイメージングは、測定時間の大幅な短縮により、特に大面積の共焦点ラマンイメージに適しています。また、生体のようなデリケートな試料に対しても、測定時間の短縮と励起光の低パワーは役立ちます。
近接場ラマンイメージングは、化学的なラマン情報と高分解能走査型近接場光学顕微鏡(SNOM, Scanning Near-field Optical Microscopy)をリンクさせた複合顕微手法です。高分解能な共焦点ラマン画像の取得を可能にします。60 nm以下の横方向の分解能が得られます。
近接場ラマンイメージングの原理
励起レーザー光は、SNOM探針にフォーカスするように照射し、開口部の向こう側にはエバネッセント場(近接場)が生じます。試料をピエゾスキャナで走査し、透過光を点・線ごとに分光することでハイパースペクトル画像が得られます。透過光の光学分解能は開口径とほぼ同じになります(<60 nm)。AFMのコンタクトモードと同様に光てこ法を使用することで、カンチレバーが常に試料に接触した状態で走査され、表面形状像も同時に取得されます。
共焦点ラマンイメージングは、非破壊イメージング手法であるため、他の技術との統合が可能です。
異なるイメージング技術で試料を調査することにより、結果に多様な情報が含まれ、より包括的な試料分析に役立ちます。さらに、双方のイメージング技術の利点が合さることにより、分解能の向上にもつながります。
ここでは、一般的なラマンとの統合例をご紹介します。
AFMラマン
共焦点ラマンイメージングをAFM(原子間力顕微鏡)と組み合わせることで、試料の化学結合状態と表面形状および機械的特性を簡単にリンクさせることができます。AFMラマン顕微鏡によりこれら2つの補完的な分析技術を提供し、試料の特性をさまざまな角度から分析することができるようになります。
SNOMラマン
ラマンとSNOM(Scanning Near-field Optical Microscopy, 走査型近接場光学顕微鏡)の組み合わせは、化学的特性評価と回折限界を超えた光学イメージングがリンクします。SNOMの探針でラマン測定を行う場合、60 nmまでの横方向の分解能を持つ高分解能イメージが得られます。
SEMラマン
SEMとラマンイメージングの組み合わせは、新しい相関顕微鏡の手法です。SEMによってnmレベルでの表面構造の観察ができ、ラマンイメージングによって同じ観察領域の化学特性を知ることができます。
アプリケーションに応じたラマンイメージングの活用について、WITecのスペシャリストがご相談に応じます。下記フォームよりお気軽にお問合せください。